(投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

みんなわすれそうなので、備忘録つぶやき

  • 異邦人
  • 2017/05/22 (Mon) 18:04:59
初音礼子は主役を食いました。

春団治師匠が映画に出演していた

  • 赤松幸吉
  • 2017/04/23 (Sun) 11:49:25
三代目桂春団治師匠が映画「人のセックスを笑うな」(2007年 監督:井口奈己 山崎ナオコーラ原作)に出演していた。

役名は「じいちゃん」で、台詞も少々、2シーンほどある。

映画自体は、タイトルとは余り関係なくイヤらしいシーンは皆無で、むしろ真面目な作品であるが、落語には完全主義者の師匠が何故こんな映画に出演したのだろうか。

このいきさつをご存じの方は是非教えてください。

Re: 春団治師匠が映画に出演していた

  • つつる
  • 2017/04/25 (Tue) 12:00:41
春團治さんご本人、俳優になりたかったようなことを言っておられたような記憶。

「人の~」監督コメント
http://www.poplarbeech.com/shigoto/001932.html

漫才の名跡について

  • 中山四吉
  • 2017/04/22 (Sat) 10:15:56
近年、弟子入りして漫才師になるというケースが少なくなってきています。
それとともに感じるのが、上方漫才の名跡が絶えてしまうのではないかということです。海原、秋田、海原、上方、島田、西川、横山、若井など近い将来、無くなってしまうのではないでしょうか。
なんか惜しいと感じるのは自分だけでしょうか。

Re: 漫才の名跡について

  • 酒本
  • 2017/04/22 (Sat) 15:23:27
今の漫才はしゃべくりが主ですから、芸の伝承という芸能ではないということですね。極まれに先人のネタをやってる人もいますが、基本的にそのコンビ一代限り(片方が亡くなった後、相方を変えて同じネタをやってた人もいましたが)というものだからでしょうね。
列挙していただいた亭号は皆戦後の物ですね歴史も浅い。
砂川、桜川、玉子家、松鶴家、浮世亭、荒川という歴史的な亭号でもはや絶滅した亭号もありますね。(流れを汲んでいる人は居ますが)
はっきり言って漫才はその時代その時代を生きる芸能ですから、名跡などというものはあまり関係ないかと思いますね。

それより、上方漫才というもの自体が無くなってしまいそうですよ。今の若い子は大阪で一生懸命頑張って修行して大看板になろうなんてこっから先も思ってないですからね。
マスコミで賞取って、すぐに東京へ移住して、テレビのひな壇芸人になってゆくゆくはバラエティで冠番組を持つのが第一目標ですからね。
現在でも「このコンビは大阪で大看板に成れるのに、なんで東京中心に仕事をしてるんやろ惜しいなあ」と思うコンビが居ますからね。

Re: 漫才の名跡について

  • 喜利彦
  • 2017/04/22 (Sat) 17:14:04
 初書き込みです。
 漫才研究?の視点から申し上げますが、漫才くらい師弟関係の希薄な芸能も珍しいです。ある意味で近代が生み出した芸能らしいです。
 さて上方初期の漫才は一応形なりにも師弟関係が取られていました。その頃はまだネタづくしの時代でしたから、師匠に手ほどきを受ける必要があったのです。
 それが大きく変わったのが、やはりしゃべくり漫才の発生でしょう。しゃべくりの開発によって、漫才師の芸は芸の有無よりも喋りのうまさやコンビの色合いに注目されるようになりました。その頃から、もはや亭号というものは少しずつ形骸化し始めていたのだと思います。
 それでも戦後まで一応残ったのは、興行社に入るための建前や一応芸能界のルールという暗黙があったからだと思います。しかし、それも養成所の誕生でなくなってしまいました。今では会社が若者を呼び、コネの有無が関わらず、数打てば当たる戦法を取っているからです。
 皮肉なことに、そんな師弟関係は東京で残りました。林家の流れは途絶えましたが、喜代駒一門の流れは未だに続いておりますし、また内海桂子の弟子などは頑張っておりますね。その背景には寄席や落語界のしきたりが強くあったからで、そこは漫才も妥協せねばならなかったところのようです。
 酒本様も申し上げられた通り、漫才には伝承という概念が薄いです。それが故に淘汰も変遷も早く、亭号が無くなることはあいしかたないことでしょう。
 それよりも漫才が無くなるのではないか、という不安の方を問題にすべきでしょう。今は芸がなくとも、コンビとしての面白さがなくても、少し目立てばすぐ司会やひな壇に抜擢される。なるほどそれも一つの生き方でしょうが、ならば漫才コンビを組む必要はあるのかと思います。
 うまい具合に芥川賞をいただいた漫才師や変なことをする漫才師を喜ぶべきではない、本来嘆くべきではないかと私などは考えます。雑草と言ってはあまりにも語弊がありますが、下手に他の領域を荒らす事はいくら漫才とはいえ、許されないことだからです。
 漫才の名跡はあってないようなもの。むしろ、何代も続く方は見比べられたりして上手くいかないパターンのほうが多いですね。

Re: 漫才の名跡について

  • 初心者
  • 2017/04/23 (Sun) 08:37:09
漫才は伝承芸ではありませんので、こういう状況も致し方ナイのでしょうね
私らの世代は
海原、秋田、海原、上方、中田、島田、西川、横山、若井等
継承して欲しいです

東京では漫才協会が有り、落語の定席に出るには噺家さんの身内にになる事が必須のようですので一門意識まだ残っている様に思います
定席に出ている漫才サンの多くは、亭号を名乗っていなくても、経歴を見ますと「星ルイスに入門」等師匠がいるようです

個人的にはナイツの様な存在が理想と思いますが如何でしょうか 

大阪の漫才サンの師弟関係の現状は如何でしょうか
ティーアップ シンクタンクは「里見まさと一門」と名乗っているようですが
所謂弟子修行はされているのでしょうか

漫才サンには付き人(=弟子?)は存在しないのでしょうか
プロダクションのマネージャーさん=付き人 でしょうか

関西の場合は、興業会社が牛耳っていますので、一門意識は希薄になるのでしょうか 





Re: 漫才の名跡について

  • 虎八
  • 2017/04/24 (Mon) 11:13:18
砂川、桜川、玉子家、松鶴家、浮世亭、荒川

この時代は音曲等の芸の伝統があったので一門の意識が強かったのだと思います。
(若井はんじ けんじ や夢路いとし 喜味こいしのご両人は
 荒川一門の子息で当初荒川を名乗ったと云われておりますが)
 
 喋くり漫才が主体になるとこの辺りが芸の伝承より個人の芸と云う事になったのでしょうか?
 例えば横山エンタツ氏の師匠は当初芝居の一座から出発した
 山田九州男とされており、この横山はエンタツ氏の出身地
(三田市の横山から取ったとされております。)
 この横山を名乗るのが横山ノック氏ですが、所属事務所を
 移る時に、師匠である秋田Aスケ Bスケのご両人から破門と
 云う形になり、エンタツ氏の子息でテレビ局の社員だった方
 (花紀京氏の兄で 中山美保嬢の夫)から「親父が付き人を
 探している」と云う事で横山を名乗ったが、ノック氏も
 AB氏からは楽屋に入るパスポートの様なもので、自身も
 弟子にはそうしていたと語っておりました。
 又、西川も古くからある、西川はヒノデ サクラの方で、
 こちらの弟子筋にあたるのがWヤングと云う事なのでしょう  か?
 当初平川幸雄氏も西川ヒデ若と云う芸名だったそうですが?

 西川きよし氏は本名で師匠は喜劇俳優の石井均氏で
 数か月後東京に帰ったので吉本では白木みのる氏の付き人と
 云う形で入ったそうですが、弟子には西川のりお氏等 西川
 を名乗らせておりますが、のりお氏もきよし氏と年齢も近く
 弟子入りした当初はきよし氏自身が若手だったので、「兄さ  ん」で良いという関係だったとのりお氏は云っておられたと
 思います。
 上岡龍太郎氏が(当初は横山パンチだったが)「漫才や漫談は
 落語や音曲と違って一から教えられるものではない、その人の
 キャラクターが問われるので昔から漫才の師弟関係は芸界入り するパスポートの様なもの 自分が横山から改名した様に
 弟子や付き人に上岡を名乗らせても役得がないので名乗らせな い」と云っておりました。

 唯、吉本の林正之助会長がオール阪神巨人にエンタツアチャ  コを
 コメディーNO1にラッパ日佐丸を
 大助花子にワカサ一郎を襲名せよと云っていた事があったと
 聞きました。これは系図ではなく会社が名跡を管理しているのでしょうか?
 (阪神巨人のご両人に至っては師匠の岡八郎氏が吉本に入った のが花菱アチャコ氏の付き人としてだったので芸当的には沿っていると思うのですが)

大村崑先生

  • 異邦人
  • 2017/04/08 (Sat) 13:57:55
蝶々先生、かしまし師匠、唄子師匠と
共演できた数少ないひとなんですね、そういや。

唄子師匠

  • 異邦人
  • 2017/04/07 (Fri) 11:04:34
なくなられました、合掌。

唄啓の名古屋のラジオがすきでした。

Re: 唄子師匠

  • 植松
  • 2017/04/07 (Fri) 11:46:15
>>唄啓の名古屋のラジオ

そのまえはダイラケでしたね。

午後3時ごろでした。

清洲に来よす~とか・・・

東京漫才のすべて

  • 一若
  • 2017/03/27 (Mon) 14:04:24
東京漫才のすべて、というサイトが出来たようですね。
桂木東声さんの事が出ていて驚きました。

https://tokyomanzai0408.com/archives/204

春蝶さんのドキュメント

  • 異邦人
  • 2017/02/26 (Sun) 09:31:32
関テレさんも春団治追善興行の前日に
流さんでも・・・誰に喧嘩売ってるんやろう・・

花のある生活 お浜小浜

  • 植松
  • Site
  • 2017/02/19 (Sun) 21:01:06
花のある生活 お浜小浜

https://youtu.be/REbdISmG3Rk

Re: 花のある生活 お浜小浜

  • 赤松幸吉
  • 2017/02/21 (Tue) 19:25:08
台本よし、ネタよし、話芸よし、二人の掛け合いよしで、この漫才を聞くと、お浜小浜は女性漫才コンビの至高だとつくづく思う。

普通は、東京のお客は関西の漫才を馬鹿にして余り笑わないものだが、初めから終わりまでギャグ満載で観客は間断なくゲラゲラ笑っている。

最高のギャグは(お浜に向かって)

小浜「あんたはハンドバッグや」
お浜「何やそれ」
小浜「男にはもてへん」

かな。

東京でもこれほど受けたのは、二人も東京のお客さん相手と意識して、大阪の舞台でより、しゃべくりが余りしつこくなく、控えめに押さえてあるのが良かったのだろう。

このような女性コンビはもう現れないのだろうか。

上方爆笑寄席(ビクターレコード)

  • 酒本
  • 2017/01/26 (Thu) 20:43:29
1974年発売です。全11枚単売、33回転シングルレコード両面で15分ほどです。

「僕はお巡りさん」いとしこいし
私の持ってるのはこの一枚だけですが、昭和49年8月21日大阪角座にてとしてあります。

Re: 上方爆笑寄席(ビクターレコード)

  • 酒本
  • 2017/01/26 (Thu) 20:48:07
収録は
花月
ダイラケ、やすきよ、ラッパ日佐丸、コメ1、洋之介喜多代、三人奴

角座
いとこい、かしまし、レッツゴー、吾妻ひな子(女放談)

トップホット
お浜小浜

Re: 上方爆笑寄席(ビクターレコード)

  • 植松
  • 2017/01/27 (Fri) 10:47:27
酒本さま
ありがとうございます。

これが後にカセットテープで販売され、
かしまし娘(馬場の忠太郎)、ラッパ日佐丸(アホの日記)、ダイラケ(僕の漂流記)

私も持っています。

解説書は、日佐丸=夏川左楽と書いていますが、
実際には五代目日佐丸です。

Re: 上方爆笑寄席(ビクターレコード)

  • 千葉蝶四朗
  • 2017/02/11 (Sat) 19:15:24
 いとしこいし師匠の収録は、所作台のある時代の角座ですので、出囃子に続いて、所作台の上を歩む「タンタンタン」というお二人の足音が聞こえました。

お浜小浜 橋とロマンス

  • 植松
  • Site
  • 2017/01/19 (Thu) 23:40:16
お浜小浜 橋とロマンス

https://www.youtube.com/watch?v=SbMDzevApY8&feature=youtu.be

鉄板ネタ。
面白いです。

しかし、市販されていませんね。

ナマのお囃子ですが、角座ではなさそうです。

Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 一若
  • 2017/01/20 (Fri) 18:55:32
一度だけ、カセットテープで売り出された例があります。
名前は忘れましたが、とり三なり駒、柳枝などか一緒と共に入っていた記憶が……
昔買って確かに聞いた記憶があるのですが……。

Re: Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 植松
  • 2017/01/20 (Fri) 19:17:31
あれは
ラッパ日佐丸、ダイラケ、かしまし娘
のほうだけ買いました。

大和高田ダイエーで購入です。

Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 一若
  • 2017/01/20 (Fri) 22:39:52
お浜小浜の方はフリマで買いました。

なんやサザエの壷焼きみたいな目してぇ

というレトリックは見事ですね。

Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 一若
  • 2017/01/21 (Sat) 14:38:24
こちらの動画では抜かれておりますが、原盤では、

小浜 そういえばあんたの先祖も橋と深い関係があるそうやな。
お浜 なんで私の先祖が関係あるねん
小浜 ええ、橋のたもとや時には真ん中にいったりして、欠けたお茶碗おいて
お浜 あーあ、あんぺらひいて
小浜 声が良かったそうやな
お浜 右や左のぉ……ってアホ! ワテの先祖は皆乞食か!

という感じのくすぐりがあった気がしますが、気のせいでしょうか。このネタは結構やっていた、と記憶しています。

Re: Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 植松
  • 2017/01/21 (Sat) 16:27:27
放送では抜いたのかもしれません。

そういえば捨丸。
何と器用なイザリのオナラ〜
が省かれています。

Re: お浜小浜 橋とロマンス

  • 酒本
  • 2017/01/25 (Wed) 23:45:48
>ナマのお囃子ですが、角座ではなさそうです。

この録音はトップホットです。
ビクターレコードから発売されたものです、シリーズ物で一枚一組収録のシングル盤でしたが33回転でした。そこにはトップホットと書いてありましたね。
カセットテープの音源はこのシリーズを集めた物です。
私はいとこいの「交通巡査」のやつを持ってます。角座の録音、もちろんおスエさんの弾く「おいとこ」で出てきました。

ただ、トップホットの通常の興行のお囃子はテープでしたので、
この出囃子は同じビクター発売の「笑福亭仁鶴傑作上方落語撰・全5集(中之島SABホール三日連続独演会完全収録)」のどれかの出囃子と差し替えてあります。中田つるじ社中の「駕籠屋」ですね。

桂米朝さん特別展、春団治さんに渡した自筆原稿公開

  • 植松
  • Site
  • 2017/01/12 (Thu) 12:08:36

桂米朝さん特別展、春団治さんに渡した自筆原稿公開

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1763816.html

敏江玲児の漫才

  • たか
  • 2017/01/12 (Thu) 01:23:26
いつ見ても元気いっぱいの正司敏江さんですがあの有名などつき漫才をもう一度見たいので映像をお持ちの方見せてください。

Re: 敏江玲児の漫才

  • 植松
  • 2017/01/12 (Thu) 10:11:54
漫才のDENDO

図書館で借りて見ました。

六代目笑福亭松鶴 遊山船 昭和58年7月

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/29 (Thu) 23:13:57
六代目笑福亭松鶴 遊山船 映像

昭和58年7月

https://www.youtube.com/watch?v=nJpiJz5HtDQ

この人笑福亭松鶴ショー より。

Re: 六代目笑福亭松鶴 遊山船 昭和58年7月

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/30 (Fri) 10:53:48
このネタは音声では長尺版(24分)がありますが、動画(短いのが残念ですが)は初めて。

江戸情緒があるなら浪花情緒もある。
松鶴は大川べりの夕涼み風景を「カチワリや、カチワリや」「西瓜、種まで赤いで」と夜店の売り声で見事に表現しています。時間にしてわずか20秒、くどくどと喋り、長ければいいというものではありません。

「芸者」のことを「芸衆」と呼んでいく大阪の酔言葉の部分も楽しい。

松鶴の落語にはトチリや言い間違えが必ず一つや二つあるものだが、この「遊山船」でも一つ発見しました。

それは船の中の芸者を「きれいなべっぴんさん」と呼んでいる。
「きれいな」は不要、「べっぴんさん」だけで充分だろう。
まあ、松鶴師匠にとってこんな些細なことはどうでもいいことでしょうけれどね。

音声(24分)の方を聞くと単に「べっぴんさん」とだけ呼んでいた。

Re: 六代目笑福亭松鶴 遊山船 昭和58年7月

  • 虎八
  • 2017/01/08 (Sun) 06:27:23
https://www.youtube.com/watch?v=7sLEoL6Nofs&t=1458s

こちらは二十二分程かと思います

昭和58年か59年頃で上方落語協会が天神祭りの屋形船を出した
中継で鶴瓶氏が司会で福笑 鶴三 春蝶 ざこば等の面々も出ております
その中に 仁鶴「青菜」松鶴「遊散船」があります

暁トリオのメンバー構成に関して

  • にっしゃん
  • 2017/01/07 (Sat) 18:50:44

宮川左近ショウ お菊と播磨

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/28 (Wed) 22:40:03

宮川左近ショウ お菊と播磨

https://www.youtube.com/watch?v=S7ENRbswZbA

動画です。

懐かしいですね。

Re: 宮川左近ショウ お菊と播磨

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/29 (Thu) 11:05:04
浪曲ショウとしては一番まとまっているトリオでした。

宮川左近と暁照夫は芸の上で仲が悪かったと言われますが、左近は「ドリフターズ」のいかりや長介と同じくリーダーとしての実力・風格があり、左近あっての「宮川左近ショウ」だったのは言うまでもありません。 

暁照夫の「何でこんなにうまいのやろ」の三味線演奏がここでも見られます。

確かに彼の三味線は天下一品なのですが、拍手が少ない時とか全くない時に、露骨に不満の顔つき、時には観客をなじる事もありました。特に照夫・光夫コンビになってからはひどかった。
これは芸人として厳に慎むべき事でしょう。

ギターの松島一夫は歌を歌ってもなかなか拍手がもらえず、左近が気を遣って後ろから拍手要請のジェスチャーをしていました。
その拍手に松島は「うるさい」と返していましたが、彼ならではの「てれ隠し」だったのでしょう。

Re: 宮川左近ショウ お菊と播磨

  • 植松
  • 2016/12/29 (Thu) 12:09:36
玉川スミさんは
客いじりも芸になっていました。

漫才のCD

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/21 (Wed) 22:13:55
このCD2枚

秀作ばかりで 面白いです。

タイヘイトリオは洋児さんで、
吉本時代です。
千日劇場⇒角座⇒花月⇒角座ですか。

横山ホットは
東六さん出演です。

Re: 漫才のCD

  • 酒本
  • 2016/12/21 (Wed) 22:27:19
花月と角座の間にトップホットがあったと思いますよ。

Re: 漫才のCD

  • 植松
  • 2016/12/22 (Thu) 01:01:14
トップホットですか!!!

夢路さんが「わては後家や」と漫才で言っていましたが、
洋児さんは失踪???

桜ノ宮でラブホテル経営???

Re: 漫才のCD

  • 酒本
  • 2016/12/22 (Thu) 12:51:29
吉本から松竹芸能へは当時としたら厳しいのと違いますでしょうか?特に元は松竹に居てたのに吉本に行ったんですからね。
当時、吉本→松竹芸能→吉本とすなり移動できたのは松之助師匠ぐらいとちゃいますか?

まず、トップホット(混合部隊だからどこの所属かはっきちしませんが)に入ってワンクッション置いてから松竹だと思いますよ。

松竹とケーエープロはいわくがありますからちょっと微妙でしたが、後年に和解したのかトップホットに松竹の芸人さんが出たり、反対に角座に出たりしましたね。それから間もなくトップホット閉館になりますが。

いとこいは東宝芸能だから、角座にゲスト枠でレギュラー出演できました。

Re: Re: 漫才のCD

  • 植松
  • 2016/12/22 (Thu) 19:47:41
ダイラケ
ラッパ日佐丸
タイヘイトリオ

昭和40年代中頃に
松竹芸能→吉本ですね。

Re: 漫才のCD

  • 酒本
  • 2016/12/23 (Fri) 13:42:59
戦後、演芸から撤退してた吉本はやはり看板的に松竹より下でしたからね。
林正之助は看板が欲しかったんですね。移って来た看板はとっくに旬は過ぎてましたけど。
松竹の失点はテレビををうまく利用できなかったことと、看板があるゆえに若手を育成できなかった為に、引退や死去で徐々に看板が無くなってしまい衰退してゆきます。若手中心にテレビを利用して、独自に看板を作った吉本の独り勝ちになったという事でしょうね。

Re: 漫才のCD

  • 一若
  • 2016/12/23 (Fri) 18:39:20
傑作だらけですが、入手困難なのが惜しい。
ボーイズやトリオはあきれたぼういずやかしまし娘ばかりで、それ以外がなかなか出ませんね。
先年宮川左近ショーが復刻されましたが。
シャンバローなども復刻すべきではないんでしょうかねえ。

Re: 漫才のCD

  • 虎八
  • 2016/12/23 (Fri) 20:18:57
 植松様
 ダイマルラケットは角座でトリを外された事から
 松竹から吉本へ移籍と云う事ですが、吉本ではトリを取る事は
 無くなり、晩年出番の扱い も冷遇されたと云われていたと思 います 
 その様な中で笑の会メンバーが「ダイラケ三夜」
 花王名人劇場でも「ダイラケ独演会」等が企画されたと聞きま した。

 タイヘイトリオは
 昭和40年代半ばから50年代位が吉本で再び松竹所属なのでしょうか これは、洋児さんから原児さんに変わった事からそうなったのでしょうか?
  ザぼんちは吉本所属の頃の弟子なのでしょうか

 この時代も破門と云う形で移籍させることはあったと思います。
 横山たかしひろし 吉本所属に成るつもりが師匠やすしの暴力に周囲が見かねて、正司敏江玲児の付き人をすると云う名目で
松竹に移籍と云う形に成ったと聞きました

 酒本様
 仰られる様に吉本は敗戦後演芸から撤退し、昭和30年代は松竹優勢だったが、40年代に入りテレビ収録があるので出番の変更や代役(吉本の花月ではトリの人がトップに出たり、代演を頼む事が可能だが)が松竹は難しい(当時若手の敏江玲児が代演や出順変更でベテラン芸人から文句を云われた事等)と云われております
 又、テレビの劇場中継やユニット番組も吉本は花月も自分の経営だったので好きにやれたが、
 角座は松竹本社の持ち物で新花月も劇場は別会社が経営していたので、代演や出順変更は難しく、その辺りを自由にやれた吉本の方が若手を売り出せたと云われております。

Re: 漫才のCD

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/23 (Fri) 21:30:07
ダイラケ
角座のトリを外されたとのことですね。
「私の神様―漫才師ダイマルと若い妻の愛」にも明記されています。

同時に
宮川左近ショウ、フラワーショウ、かしまし娘など
にぎやかな音曲漫才がトリを取るようになったと
いう事情があると思います。

角座は
出番とともに下駄箱の位置が変わるとか、
上沼恵美子も「楽屋はどろっとしていた」と言い、
古い演芸の呪縛があったのかもしれません。

Re: 漫才のCD

  • 植松
  • 2016/12/29 (Thu) 12:08:22
三人奴 堀川

文楽や歌舞伎ファンには楽しい作品ですが、
一般ウケは難しいと思います。

葛の葉の子別れ、壷坂霊験記などは
一般ウケすると思います。

お正月は 松づくし、三番叟。

平和ラッパ・日佐丸 アホの日記

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/25 (Sun) 23:41:46
平和ラッパ・日佐丸 アホの日記

https://www.youtube.com/watch?v=4RE4m50f3G4

柴田信子作

ラッパ日佐丸では、この録音が一番好きです。

「7月7日 ヒチタさん!!!」

Re: 平和ラッパ・日佐丸 アホの日記

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/26 (Mon) 09:48:16
アップ有り難うございます。

この日佐丸は5代目の南秀次ですね。
うまさは勿論3代目が断トツですが、4代目の夏川左楽よりは南の方が上手だと思います。

この漫才が面白いのは柴田信子さんの台本・ネタが秀逸であるからで、必ずしもラッパ日佐丸の芸が優れているからと言うわけではありません。
このネタなら、他のコンビでもこれくらいは笑わせるでしょう。

全盛期の3代目の時と比べ、この「アホの日記」では観客の笑いに勢いがなく、演じ手のギャグと観客の笑い出しに一瞬間があくLag が生じています。
観客は「ここで笑っていいのか、笑うべきなのか、どうか」と迷っています。

3代目の時など、ギャグが終わるか終わらない内に、場内は爆笑の渦でドッと包まれました。
3代目と演じていたら、面白さは100倍にも膨れあがったと思います。

いわゆる漢字の読み違え、句読点の区切り違いのネタは他の漫才でもよく取り上げられています。
コメディNo.1でも坂田が「生」の字を「生娘(なまむすめ)」、「生ビール(いきびーる)」などと読んで笑わせました(このネタももう一度聞きたい)。 

Re: 平和ラッパ・日佐丸 アホの日記

  • 植松
  • 2016/12/26 (Mon) 16:57:33
5代目の時代は
ラッパさん自身の高齢化で、勢いがなくなったように思います。

その代わり、
大ボケぶりはスケールが大きくなりました。

早起き名人会での柴田信子さんが話す逸話は録音していますが、
Youtubeからは消えました。

上方柳次柳太 ラストステージ

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/24 (Sat) 20:59:00
柳太さんの追悼番組です。

https://www.youtube.com/watch?v=VD0WnX3X3s0

6分経過あたりで、ケンケン電車!!!

Re: 上方柳次柳太 ラストステージ

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/25 (Sun) 11:24:12
「ケンケン電車」の馬鹿馬鹿しいネタはダイマル・ラケットの「僕の発明」での沈没船の引き上げを海綿(注射器)でとか、てんや・わんやの「例えばだよ!・・」の富士山に大きな天秤で日本南北移動を、というネタに似ていますね。

やはり面白いのはダイラケの漫才。味のあるのてんや・わんや。

木川かえる Wヤング

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/23 (Fri) 22:49:04
木川かえる Wヤング
映像

https://www.youtube.com/watch?v=STZXrfWhWZw

福田首相の絵を書いていますので、
昭和52年前後と思います。

むかしは、
逃げた嫁さんの番組がありましたね。

お子達が多いので似顔絵を・・・・と、
今では子供が入れないところもあります。

有名なネタ

  • 植松
  • 2016/12/23 (Fri) 21:49:25
柳次柳太の「ケンケン電車」は映像を持っていますが、

かしまし娘の「おんのとっとメンノトット」は持っていません。

もう一度聴きたいです。

桂朝丸(ざこば) おろち屋

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/20 (Tue) 00:03:12

桂朝丸(ざこば) おろち屋

https://www.youtube.com/watch?v=Qoh9xCEQ9Aw

懐かしいです。

Re: 桂朝丸(ざこば) おろち屋

  • 虎八
  • 2016/12/23 (Fri) 20:20:43
 昭和50年位でしょうか?
 これは鰻屋の改作でしょうか?
 江戸では先代の馬風師匠もされていたと思います

タイヘイトリオ 女は強い

  • 植松
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  • 2016/12/23 (Fri) 17:04:11
タイヘイトリオ 女は強い

https://www.youtube.com/watch?v=3WTKbbcrYdE

洋児さんです。

この前の動画にあった、
浪曲のウーーーと伸ばすネタがあります。
「このコンデーション」
このあたりは動画のほうが実感が出ます。

これを聴くとわかりますが
ツカミは 
夢路・洋児だったのが、
原児になってからは
夢路・糸路になりましたね。

Re: タイヘイトリオ 女は強い

  • 酒本
  • 2016/12/23 (Fri) 18:47:41
これはABCの公開録音でしょうか?

出囃子がテープで「辰巳」受囃子が「醜女」と必ずこの二曲を流してました。
なんば花月収録の場合も劇場で通常使用してるテープは著作権の関係で使えないから、収録の時はこのテープを使用してましたね。

追伸、ABCは出囃子テープを「天王寺」「昭和拳」も使ってましたね。

Re: タイヘイトリオ 女は強い

  • 植松
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  • 2016/12/23 (Fri) 19:56:03
なんば花月と推察しています。

・おなじCDの三人奴も同じ出囃子テープ。
・ABCの公開録音では、
 パルコや阿倍野アポロよりも音響的に大きな会場のように思えて、
 神戸国際はナマのお囃子だったこと。
・漫才の中で「戦争から27年」と言っているので昭和47年。
 吉本のころです。

この写真は昭和48年3月中席とのことです。
大看板ですね。

タイヘイトリオの「浪曲でダンス」の映像。
ビデオテープを仕舞いこんでしまいましたので、
探して アップしたいと思います。

タイへイトリオの音源や映像が少ないのは、
興行会社を渡り歩いたのも
原因でしょうか???

ちゃっきり娘 映像

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/21 (Wed) 00:12:46

ちゃっきり娘 映像

https://www.youtube.com/watch?v=RZ32KStUrcs

Re: ちゃっきり娘 映像

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/21 (Wed) 09:07:14
今見直してみると春美(センター 三味線)はやはり美人だ。

秋美(アコーディオン)は藤山寛美そっくり、夏美(ギター)はこの漫才でのギャグ「真っ黒けの溶岩」「(イノシシと間違えられて)鉄砲で撃たれるで」には大爆笑。

トリオの中には歌えないメンバーが一人はいるのが普通なのに、「ちゃきり娘」は三人とも歌が巧い。

改めて気がついたことだが、芸名は季節、春・夏・秋と統一されていたのですね。

当時は「かしまし娘」も「フラワーショー」も「タイヘイトリオ」も「ジョウサンズ」も自分たちのテーマソング(オープニング、エンディング)を持っていた。
これらを聞くだけでも心がウキウキとなった。

タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/18 (Sun) 01:45:36
タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

https://www.youtube.com/watch?v=Iam0O26J9QM&t=420s

6分ほどのため、見せ場が少ないです。
ツカミはいつもの通りですね。
「どこも行くとこなかったんか!」

浪曲の途中に「うううう・・・」と節を伸ばし
「これで腹が減らんかったら丸儲け」など言いますな。

ほんとうは、
糸路さんが歌うと、夢路さんが前を通ったり、
メクリの自分の名前に丸をつけたり、ひっくり返したり、
角座の舞台の録画を見たいものです。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/18 (Sun) 16:59:14
音源では完全フルで、漫才として起承転結も決まっている貴重な「港の女」があるが、このトリオの動画では6分余りだが、これだけまとまっているのは珍しい。

夢路が眼鏡をかけている以外は「洋児」時代のギャグとほぼ同じ。
何度聞いても見ても面白い。

夢路と糸路がシャベクリを始めると、原児は横へ立ち退き、一言も喋らない。

以前の「洋児」の場合は、二人が漫才を始めても、少し後へ下がるものの、常にセンターに位置し絶妙のタイミングでそのシャベクリに加わっていたと思うのだが。

このトリオでは、希有の芸人「洋児」は扇子の要(かなめ)のような役割を果たし、夢路と糸路の会話がだれてくると「洋児」が素早く手入れ・巻き直し・付け足しなどの軌道修正を行っていた。

ギターを弾くしか手のない原児はそれができず、このトリオの魅力は「洋児」が抜けてからは半減した。

「洋児」時代の動画はないのでしょうか。

また、このトリオのオープニング・テーマソングは何度聞いても分からない部分がある。
どなたかこの歌詞を完全にご存じの方はいらっしゃいませんか。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/18 (Sun) 23:42:45
もう一本
「浪曲でダンスを」の動画がありますが、
原児さんです。

うちにあるビデオテープ、
捨てる前に、デジタル化しています。

このまま捨てるのはもったいないです。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 酒本
  • 2016/12/19 (Mon) 00:04:24
>オープニングテーマ
「又も出ましたロマンシヨウ、いつもニコニコ朗らかに」
糸路「夢路さん」
夢路「オイヤー」
洋児「糸路くーん」
糸路「アイヨー」
夢路・糸路「洋児さん」
「時間来るまでお楽しみ」
「タイヘイ、トリオの、お笑いだー」
これだけですが、どの部分が解りにくいですか?
とにかくアクが強く、粘っこく歌ってますからね。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/19 (Mon) 08:40:23
酒本様

早速有り難うございました。

「時間来るまでお楽しみ」この部分が何度聞いても「フルマンデーお楽しみ」と聞こえます。

フル月曜日? これでは意味が通じないし。

これでやっと分かりました。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 酒本
  • 2016/12/19 (Mon) 18:10:28
>時間来るまでお楽しみ

「じ、か、ん。くぅーるンまンでぃ。おたのぉーしぃみぃー。」

とアクが強く粘って歌ってるからねえ、判りにくいですね。
まあ、私は子供の頃から何度もテレビやラジオで聞いて、生でも聞いたことがあるから分かるんですねえ。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/19 (Mon) 20:44:11
雀々のモノまね

久しぶりに見たいものです。

Re: タイヘイトリオ  夢路いとし喜味こいし 昭和61年

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/21 (Wed) 08:49:28
このトリオで一番腹を抱えて笑ったのは「しゃくれアゴ」のギャグ。

洋児が夢路のしゃくれたアゴのことをおちょくると、夢路が真顔になって「このアゴにつまづいて、転けて怪我したモンがどこかにおるかい」などと洋児に逆襲。

言い返されているときの洋児の情けなくおどおどした表情が絶品だった。

音源でもこの「しゃくれアゴ」のシーンはありませんか。

笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/15 (Thu) 18:05:10
笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

映像です。

けんか長屋は、
実は盛り上げ方が難しいのかもしれませんね。
文枝さんらしい、上手い高座と思います。

堀川。
廿四孝の横蔵そこのけ・・・というのは
歌舞伎でも滅多に出ません。
私は一度だけ見ました。

https://www.youtube.com/watch?v=UamoYQX7-G0

Re: 笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/15 (Thu) 19:35:40
文枝師匠の「けんか長屋」は音源テープで何度も聞いたことがありますが、動画では初めてです。

この題目は音声だけでも抱腹絶倒ですが、このように動画で見ると何倍も何十倍も面白さが増します。

「五代目 桂文枝 DVD&CD特別撰集」(吉本興業株式会社制作 26,880円)にもこの題目はCDのみで、動画は収められていません。
そこでは「喧嘩長屋」と表記されています。

時間はわずか13分ほどですが、喧嘩が段々と大きくなっていく話の巧みさは文枝の独壇場、まさに場内大爆笑です。


差別語が2~3カ所カットされていますが、音源でははっきりと録音されています。

貴重なVTRの紹介、有り難うございました。

Re: 笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 植松
  • Site
  • 2016/12/15 (Thu) 22:05:38
消えていますね。

たしか、
「ホッテントットのあんぱんみたいな顔」
だったと記憶しています。

Re: 笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 酒本
  • 2016/12/16 (Fri) 17:34:49
私は文枝さんのこんな小品の軽い噺が好きですね。
「喧嘩長屋」「盗人の仲裁」「時うどん」「花色木綿」「嬶違い」「十徳」なんかのびのび演じてはるし、三代目に遠慮してホールとかでは演じなかった「祝のし」「野崎詣り」は三代目とはまた違ったやり方でしたね。「動物園」や「ぜんざい公社」もやってた。

晩年に米朝師匠のテープで勝手に覚えてやってた「百年目」「はてなの茶碗」「宿屋仇」「猫の忠信」「軒付け」なんかよりずっと良いと思います。

Re: 笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 恋雅亭同人会
  • 2016/12/16 (Fri) 23:08:02
懐かしい映像ですね。
NHK演芸指定席(スタジオ)1986.10.31の放映です。
・堀川・笑福亭松之助、けんか長屋・桂 小文枝。

この番組は、主に東京の噺家諸師匠が主でしたが、
上方の師匠連では、前出の両師匠の他に、
NHK演芸指定席(スタジオ)1985.06.21
・天災・桂 朝丸、桂 枝雀。
NHK演芸指定席(スタジオ)1986.01.17
・天狗尺・桂 べかこ、代書屋・桂 枝雀。
NHK演芸指定席(スタジオ)1987.06.08
・犬の目・桂 春蝶、夏の医者・笑福亭仁鶴。
NHK演芸指定席(スタジオ)197.11.30
・池田の猪買い・桂 米朝。
などが、放映されました。

Re: 笑福亭松之助 堀川 五代目桂文枝 けんか長屋

  • 恋雅亭同人会
  • 2016/12/16 (Fri) 23:14:29
枝雀師匠の演題は、つる でした。

六代目笑福亭松鶴さん 映像 あとひき酒

  • 植松
  • 2016/12/04 (Sun) 12:55:51
六代目笑福亭松鶴 あとひき酒 

昭和56年2月 東宝名人会

https://www.youtube.com/watch?v=_joWwivLE8w

Re: 六代目笑福亭松鶴さん 映像 あとひき酒

  • 赤松幸吉
  • 2016/12/12 (Mon) 11:35:20
貴重な動画を紹介してくださって有り難うございます。

松鶴師匠の動画は、特に完全版は大変貴重で、「らくだ」以外見たことはありませんでした。

これに限らず、四天王で動画が完備されているのは米朝師匠ぐらいです。

この題目での酒飲みのまくらは10代目金原亭 馬生が演じていますが、東西の酒豪の芸を見比べるのも一興でしょう。

桂 春輔さん 映像

  • 植松
  • Site
  • 2016/11/20 (Sun) 23:56:09
桂 春輔さん

落語の映像です。
いま、ビデオテープのデジタル化を進めています。

https://www.youtube.com/watch?v=kjrh-6K_OIw

Re: 桂 春輔さん

  • 植松
  • 2016/12/04 (Sun) 12:44:53
アムステルダムの朝は早い・・・
テレビアラカルトのパクリ???

角座で見たとき、
客席の女性に向かって「木暮実千代さんみたいにキレイですね」と
言っていたのを覚えています。

四天王のDVD TBS落語研究会

  • 初心者
  • 2016/11/06 (Sun) 10:06:35
TBS落語研究会で収録されました
四天王の映像DVDが
11月下旬に発売されるようです。

特に、三代目の落語研究会での映像を見た記憶がありません
また後年、持ちネタから外された?
「宇治の紫舟」が収録されるようです
三代目の見台・膝隠しを使用される姿が拝見できるか
期待しております

○吉朝師のDVD CD
通販サイトの「落語くらぶ」を閲覧したところ
吉朝師の項目は
取り扱いなし となっておりました

TBS落語研究会のDVDや独演会のCDなどが
掲載されておりましたが
全て、廃盤になったのでしょうか
 
https://www.musicteito.co.jp/catalog/index.php?manufacturers_id=274

○本日のなみはや亭
ABCラジオのなみはや亭は、米朝師の「仔猫」
角座で収録されたものでした
角座落語会でしょうか

やはり角座は独特の雰囲気ですね
子供の泣き声も入っていたりして


 

Re: 四天王のDVD TBS落語研究会

  • 初心者
  • 2016/12/04 (Sun) 08:37:51
三代目「宇治の紫舟」
残念ながら と言うか、
やっぱり、見台なしでした

76年の収録、当時の状況では東京で難しかったのでしょうね
三代目の出、座てお辞儀の前後、客席を見渡されますが
客席を威嚇している様にも見えました


暁トリオ

  • 異邦人
  • 2016/11/16 (Wed) 13:44:35
暁トリオの漫才ご覧になられた方
いますか。残りの二人はどちらの方ですか

Re: 暁トリオ

  • 酒本
  • 2016/11/17 (Thu) 12:49:42
>残りの二人はどちらの方ですか

暁照雄門下で暁明夫・あきらで三味線とギターの音曲漫才やってた若手さんです。

このコンビはおろか暁トリオも見たことはありません。
角座の昼寄席に行かなければ見れないし、最近はテレビラジオでも漫才のネタ番組がありませんし、あっても吉本中心ですし松竹芸能の人、ましてや若手は見る機会は全くない状況ですね。

英太郎さん

  • 異邦人
  • 2016/11/13 (Sun) 23:03:19
お亡くなりになられました、合掌

春猿さんの新派入団が間に合ったのか合わなかったのか